ゆめが丘ソラトスが2024年7月25日にオープンしました。
同日オープン目標にして染め物と陶芸ワークショップを開設しました。https://craftie.jp/class/ysk-some10gei/5033?l-id=ws-rcmnd
いとこはとてもセンスの良い陶芸家です。
いとこの母、おばは幼い頃からとても世話になっている方。
20年以上前に旅客先で1人泊が出来なかった頃もおばが同行してくれて2人で旅に行ったこともある。
幼い頃から父の罵声を浴びて泣き疲れておばの家に行くと、何にでもなれる。と励ましてくれたのはおばだった。
母もずっと私の絵や制作物を褒めてくれた。
特におばの一言に救われた。
父にウストロ、ウストロと言われていた。
ウスノロマヌケから来ているらしい。
いつも顔を合わせると説教、毎食説教。馬鹿者勉強しろ!ウストロこんな事もわからないのか!と怒鳴る。
私が泣くと泣くなと言う。
私は声を殺してトイレで泣いた。
いつも胃が痛かった。
たぶん、胃潰瘍になっていたと思う。
絵を描くと誰もが褒めてくれるが、加筆をして台無しにされた。
そんな事が何度も何度もあった。
父は私や姉の描く絵を認めたく無いのだろう。
まったく褒めない。
父には何も見せなくなった。
やる事なす事すべて否定するので
すべてに自信を無くして生きていて良いのだろうか?
早く死にたい。と保育園に行きながら思っていた。
保育園から帰るある時、さつまいも畑を見ながら、私はなぜ子どもで、こんなところにいるのだろう。早く大人になりたい。
途方にくれる。と、思った事がある。

どうやったら死ねるだろうと何度も思ったことがある。
よく夢で私と姉で死のうとする夢を見た。
泣きながら起きて、なんだ生きている。と思った事もある。

いくつになっても父は私を認めない。
仕事を継いだある時、もう認めなくても良いと思うことが起きた。
それからは、言いたい事は言わせとけと思うようになった。

お前はろくな仕事をしていない。
と言われた時はがっかりしたが、子ども達がちゃんと見ていてくれた。
だから、何を言われてもいい。

何代も続いている老舗の店でイエスマンがいたら、それでその老舗は途絶える。

と、どこかの老舗の社長が話しをしていた。

私は絶対そうだ!と確信している。

少しずつの進化が無ければ衰退する。

私も子どもが継いでくれる事になったが新しい風が入りとても嬉しい。

私の出来る限りの知識を継承し、あとは子どもに任せて創意工夫した染めに発展して欲しい。
私は基本だけを伝える。

今は、とても頼りにしてSNSやデスクワークを次々にこなしてくれている。
大病後、同じ仕事量では、身体が持たない。と

アカシックレコードやてあて、九星氣学、タロットカード他、自己投資でたくさん学んだ。

学びに無駄な物はなく、すべてに繋がり今は学んで来た事で人の役にたつことが出来ている。

染め物、陶芸ワークショップ、どちらもオススメ、例えば家族の誰かはソラトスで映画、誰かはショッピング、誰かは陶芸、誰かは染め物と
みんな別々の行動をして、最後はソラトスで食事をしてお帰りになるなど!

染め物は着古して、でもお気に入りだったり、シミがついてしまったり、記念に貰ったあ衣類だったりを好きなお色に染め直して生き返らせるのはとても楽しい作業!

陶芸も自分だけのオリジナルの器が出来るのは嬉しいし食事するのが楽しみになる。

詳しくは、ぜひクラフティから検索してくださいませ。

お待ちしております。

途中文章の中で少し重い話しがありましたが克服しております。
どうやって克服したのか、何があって
もう認めなくていいと思ったのか、聞きたい方がいらしたら、ワークショップの時にお聞きください。
いくらでもお答えします。

現在、親からの言葉のDVを受けている方もお聞きくださいね!

答えではありませんが、私は負けず嫌いの努力家です。

その言葉だけじゃありません。

では、仕事仕事で休みなく働かせてもらっている私はとても幸せだとお伝えしたい今日この頃

2024年8月12日深夜しっかり眠り、仕事したいと思います。

facebookには
大難を中難に
中難を小難に
小難を無難に
の話し

自分だけ助かるとかそういう話しではなく
私の居るところは大丈夫という意識の話し

自然災害が来ると意識してしまわないように

酷暑を乗り切りご自愛くださいませ